時差ぼけ

10日のお昼前に東京から戻って、その日の午後はしっかりお昼寝2時間。夜は任天堂Wiiでテニス、ボーリング、野球をやって、12時に就寝、熟睡。

11日(日曜日)はこの2週間に録画しておいたTV番組を2本見て、昨日「至急」という条件つきで依頼された翻訳を仕上げる。6ページ分の和訳。

午後、数時間後に開始予定(日本時間で月曜日9時)の打ち合わせにキーパーソンが出席できないというメールを受け取る。このプロジェクトのメンバーは自宅では会社のメールを見られない。12日は祭日なのにこのキーパーソンを中心に打ち合わせをするために、関係者は9時に出勤することになっており、今頃肝心の人が出席できないと言われたら、プロジェクトメンバーは慌て、それでなくても最近ギクシャクしているプロジェクトの進行がまた難しくなる。日本が朝、7時半になるのを待って急いでプロジェクトリーダーの携帯に連絡し、事情を説明する。彼の回答は予想通り。その意向を受けて先方に「キーパーソンは彼がいないと議論できない項目の部分だけでも、ぜひ参加を要請する。お昼には開放する。」という妥協案をメール。本人から了解の返事をもらい、その旨を再度、携帯メールに転送。

危ないところだった。これで双方とも妥協した形で打ち合わせは予定通り実行できる。

夕方4時(日本時間12日9時)。打ち合わせ開始となり私は傍聴。今後のプロジェクトの進め方に関連する議題だったので一応様子を把握しておきたい。結局1時間のディナー(日本はランチ)休憩を除いて、11時まで付き合う。この間、夕方に仕上げた翻訳を納品。

明日は出勤日なので今夜、ちゃんと寝られるかが心配。時差ぼけが効いてくるのは2日目からだ。


12日6時半起床。8時過ぎに家を出る。会議は9時半から。シリコンバレーの渋滞は経済状況を明確に示す指標だ。景気がよい時は道が込んでいるし、悪ければ途端に渋滞は解消されスイスイ流れる。でもこの日は、事故処理の関係でいつも以上に渋滞していた。(これは景気とは無関係のよう。)

9時半から5時半までの打ち合わせと5時半から6時半までの電話会議を済ませて、7時半過ぎに帰宅。明日の日本との電話会議に先駆けて、先方のコンサル会社と打ち合わせ。こういう舞台裏の調整を依頼されているわけではなく、あくまでも私のお節介なのだけれど、こういう調整がないとギクシャクした関係は解決の目途がなく、さらに悪化の方向に向かうのではないかと思われた。傷が深くならないうちに早く手当てした方がよいということ。
明日は7時から電話会議なので、10時半過ぎに早めの就寝。


昨日、一昨日は翌朝まで眠れたが、今朝は完全にNG。10時半過ぎに布団にもぐったが、11時頃、TVを見ながらウトウトして、その後目が覚めてしまった。12時から仕方がない本を読み出すが、眠くなる気配は皆無。2時を過ぎるとだんだんお腹が空いて来た。するとますます眠れない。3時を過ぎておきだし、ミルクを温める。クッキーとミルク。結局、読み出した本は最後まで読んでしまい、諦めて布団にもぐったのは5時前。目覚ましを6時半にセットする。目が真っ赤。


13日6時半。目覚ましが鳴る。6時55分にセットし直してまた目をつぶる。次に目が覚めたのは7時6分。なぜ、目覚ましが鳴らなかったの? 慌てて2階へ駆け上がる。電話会議用の番号にダイヤルしている最中に日本から催促の電話。7分遅れで会議に参加。

昨日、一昨日のコンサル会社との調整が効を奏した(と信じたい)のか、これまでのわだかまりも一応解消し、両者の関係は元の良い雰囲気に戻った感じがする。意地の張り合いも不信感もとりあえずはなくなった。ただし、このまま新体制にうまく切り替われるかの不安は残っている。移行期間は今月あと2週間。うまく引き継ぎが行われることを祈るばかり。


今日、書きたかったのは、昨晩もろに時差ぼけの影響が出てほとんど眠れなかったということ。明日の便で日本へ戻る。