暇な無益人 v. 画期的なアルゴリズム

ブログサイトを持っていると、必ずや変な書き込みがある。
このサイトにも時々、破廉恥系の書き込みがあるので、見つけ次第削除している。

君たち、暇人だねぇ。
そんなことするくらいならその「文筆力」を活かして官能小説でも書けばよいのに。
嫌がらせの書き込みいう無益なことをしてどんな満足感が得られているのだろう。


そしてふと思った。
インターネット利用者の約半数が最低月に1回、ブログを読むまたは書いているという統計が昨日発表されていた。かなりのブログ人口だ。
どうやって嫌がらせの書き込みをするサイトを選ぶのだろうか。

ランダムに選んでいるのかもしれないが、意図的に選択しているとすればそこに使われているアルゴリズムは凄いものなのかもしれない。

文面は手書きなのだろうか、それとも機械による自動作文?
手書きだとするとこれだけのブログサイトに対応するにはかなりの人的資源が必要ということになる。
組織的にこれだけの人数を集めているとしたら大したものだ。
そして機械による自動作文だとすると、ここまでAIが進歩しているというのも感心する。
彼らの書き込みは見つけたらすぐに削除してしまうためじっくり読んだことはないが、さっと見る限り漢字変換間違いが無いように思える。これは大したものだ。
彼らの知能程度で漢字変換間違いをしない(もちろん絵文字の変換間違いはない)というのは画期的なことなのではないだろうか。


単なる反抗心で嫌がらせをしているのであれば、とても無駄に労力を使っているとしか言いようがなく、彼らの非生産性には同情の余地もない。
けれどももし彼らが何らかの報酬を得て、嫌がらせの書き込みをしているのであれば、その賃金のROIは最悪だろう。組織としてROIのない投資をしてどうするのだろう。


私のような凡人には想像もつかないロジックなので、よほど暇を持て余している輩が多いというのが短絡的結論となる。