京都観光:一保堂と開化堂

ユニバーサルスタジオジャパンに隣接するホテルに泊まりながら、まだUSJには行ったことがなく、その入り口にも近づいたことがないのですが、今回、その外周を歩いて何となく土地感覚を掴みました。

USJの隣には大きな工場がいくつかあるということや、USJ桜島USJ安治川口との駅間隔が短いなどということを発見。
(散策している間に、USJへの道を聞かれるというハプニングもありましたが。)

そして土曜日の昨日は、神戸在住のお友達に連れられて、京都観光へ。
(もし今日だったら、葵祭りを初め、3つ、4つのお祭りが催されていたのですが。)

JRで大阪から京都まで行く途中にサントリー山崎工場が見えました。ウィスキーの瓶に書かれたあの山崎の文字が、工場入り口に大きく石碑(?)のように掲げられていました。
サントリー=北海道(余市)の先入観があったので、意外な発見にワクワク。


さて京都では、清水寺産寧坂二年坂建仁寺、八坂神社を回りました。
清水は、修学旅行生でいっぱい。
建仁寺では、風神・雷神の屏風絵を堪能(ただしここに置いてあるのはレプリカです)。
風神・雷神は私の一番好きな屏風絵。じっくりと見入ってしまいました。
八坂神社では、綿帽子の花嫁さんと、文金高島田の花嫁さんがいました。
通りがかりの観光客も写真をパチパチ。


でも今回、京都旅行に誘ってくれた友人の隠れた目的は一保堂の濃茶と開化堂の茶筒。(それで清水、祇園方面を選択していたのでした。)

茶道の嗜みがない私ですので、お抹茶の良さもありがたみもわからないのです。
でも友人がその友達からこの濃茶の話を聞いてきてぜひ試してみたいと思ったとか。

びっくりするような経験でした。
濃茶は、クリームたっぷりのポタージュスープのようなとろみでした。(表現がいかにも庶民的)
よくホイップされていて、まろやかな、ふわっとした感じ。
でもそれが苦みばしった抹茶の味なのです。


開化堂の茶筒。
何の変哲もなく、メタルむき出しの茶筒なのに1個1万円以上する。
その理由は、、、、。
一個一個、手作り。
緻密な仕上げで、機密性が高いと同時にアソビが全く無い。
重力ですうっと蓋が閉まっていくところは、まるで精密機械の実演を見ているよう。
特に、押し込み中蓋が、内筒を滑り降りていくところは感激モノ!
残念なのは、あらかじめ模様をプレスした板金をカットしてつくるため、筒の大きさによってはプレスされた柄のバランスが悪いことと、押し込み中蓋が使える筒の大きさに制約があること。
(小型筒で押し込み中蓋が付いている種類があったらベストだったのに。)

開化堂茶筒のもう一つの特徴は、茶筒の色合いの経年変化。
材料には銅、ブリキ、真鍮の3種類がある。
銅は使用1年目でかなり色が変わるけれど、真鍮がきれいな飴色になるには20年くらいかかるらしい。
ブリキにいたっては、買ったばかりのブリキはラベルを剥がした缶詰の缶のようだけれど、毎日使って40年くらいたつと、燻し銀のような黒っぽい色になる。100年くらい使ったブリキの茶筒が展示されていたけれど、それは見事な色だった。
親や祖父母の代から受け継いでいるの場合あるとか。
そうでしょうね。ブリキの風合いを楽しむには、自分一代では時間が足りません。



左:使用1-2年目の銅
中:使用30-40年目のブリキ
右:使用3-4年目の真鍮

銅はすぐに色が変わるのでよいけれど、真鍮やブリキは使い始めて数年はそれは見苦しい、みすぼらしい色が続きます。そこを我慢して使い続けると、すばらしい飴色になる。
辛抱と忍耐が必要なアイテムですね。

結婚式のお祝いには最適かも。
毎日、この茶筒でお茶を飲みながら、「共に白髪が生えるまで、、、、」末永く幸せな人生を祈るにはぴったりの贈り物です。

最初はブリキを、と思いましたが、既に結婚29年目の私は、これからあと30〜40年かけて色を出すのはちょっと難しいし、家にはその茶筒を継いでくれる子供もいないしと考えて真鍮の茶筒にしました。
これなら20年で飴色になってくれそう。今年の結婚記念日のプレゼントにすることにします。