直訳か意訳か、それが問題だ。

久しぶりにデポジション(証言録取)の通訳をやりました。デポというのは、訴訟において、証人(witness)に対して様々な質問をし、それに答えてもらう(証言を取る)ことによって情報を得るプロセスを指します。正確かつ厳密性を問われるので、直訳がよいか意訳がよいか、そもそも直訳と意訳の境界線はどこにあるのかが問題になります。今回もご多分にもれず、かなり悩みましたよ。

直訳派のプライマリー通訳は英語がネイティブ、日本語は外国語です。彼女の訳す日本語は、誤訳とは言い切れないけれど、日本語としては非常に不自然、意味をなしていないに限りなく近い状態でした。証人の日本語での発言は、不自然なものではありません。何をもって正確かつ厳密と言えるのか。

例えば:You had the knowledge of the test result, didn't you?これをどう訳しますか?
+ 検査結果についての知識を持っていました、din't、あなた? (nifty)
+ あなたには、テスト結果に関する知識があったんでしょう? (Excite)

この例は、直訳派と意訳派をうまく対比させている例かもしれません。
Hadを「持つ」としか訳してはいけないと考えるか、「ある」と訳してよいか、の議論がありますね。
Youを「あなたは」と訳すか、「あなたには」と訳すか、「あなたが」と訳すかも議論になります。
Testを検査と訳した場合、それが実は「試験」と訳されるべきだった場合は誤訳になるでしょうか?
Didn't youはどうしましょうか? これに直接該当する日本語の文体はありませんね。

The testを「そのテスト」と訳すか、「あのテスト」と訳すか、「当該試験」と訳すか、「かかる試験」と訳すか、どの訳をもって正確かつ厳密な訳だと言えるのでしょうか?

上記の例文を
あなたは、あの試験結果を承知していましたよね?」と訳したら誤訳でしょうか?それともこの訳の方が原文の意味をより正確かつ厳密に伝えていると言えるのではないでしょうか?場合によっては、「あなたはあの試験結果を承知していたんじゃないんですか?」と訳すことができるかもしれません。

別な例を考えて見ましょう。
この方が原文の意味をより正確に伝えていると言えるのではないでしょうか?

+ It might be able to be said that this will tell the meaning of the original more accurately. (Excite)
+ Might it be said that this gentleman has told the meaning of the text more correctly? (Nifty)

言葉なので、合っているとか間違っているという問題ではなくて、いろいろな言い方がある中で、どれが原意をもっともよく表しているか、そして「正確かつ厳密な訳」としてはどの訳が認められるか(許容範囲に入っているか)を見極めたいのです。

この例の「〜ではないでしょうか?」は日本語特有の表現方法で英語にしにくい文型です。これは、否定疑問文でしょうか? 私はこれこそが「isn't it?」に相当すると思うのですが。これを「Don't you think that」で始まる文に作ることもできます。「〜ではないでしょうか?」は謙譲表現です。「〜です。」と断定できるところを、謙譲の意を込めて、疑問形にし、そうではないという可能性の余地を残すことによって自分をへりくだっているのです。

This one delivers the meaning of the original sentece more accurately, don't you think? と訳したら直訳派の人は何とコメントするでしょうか?Deliverをexpressとかconveyとかcommunicateに置き換えてもよいと思います。ポイントは文末。


機械翻訳も英日の場合は、ある程度、使えます。しかし日英となると、出力された文は、意味は通じるし、文法的にも誤りはないけれど、英語としては不自然な表現が多いですね。

私は会議通訳者であり、翻訳家でもあり、一応プロとして、日本語英語間のコンバージョンを生業としていますが、「権威」と言えるほどの立場ではありません。でも自分の流儀も信念も哲学もあります。だから悩んでます。